大家さんとの相性が全てを決める。ぼくたちにとっての「理想の大家さん」との出会いについて

2018.3.23  東吉野村

イラスト=青木海青子 文=青木真兵人文系私設図書館Lucha Libro

ちょうど二年前の四月、ぼくたちは兵庫県の西宮市から東吉野村へ移り住みました。もともとは「オフィスキャンプ東吉野」ができたばかりの頃、たまたま遊びに来たことがきっかけでした。

川が狭く、開けた土地がない東吉野。目立った観光地もないのだけれど、こぢんまりと身の丈サイズな風景が気に入ってしまいました。オフィスキャンプの坂本大祐さんと「体調を崩した話」で盛り上がり、地方への引っ越しを考えていること、引っ越すなら図書館をつくりたいと考えていることなどをお話しました。

二週に一度のペースで数回通った頃でしょうか。空家を見せていただくことになりました。全国的に空家が増えていることはニュースや知人の話で聞いていました。でも過疎化する地域に親戚がいるわけでもなく、身近に感じることはありませんでした。

「空家ってどんな感じだろう」。

今思えば全くもって失礼な、興味本位の内見でした。「よし、引っ越し先を見つけるぞ!」という意気込みは、これっぽっちもなかったのです。

案内していただいた七月は、手入れなく育ち過ぎた杉の木のせいで日陰が多いこの村にも、たくさんのお日様が降り注ぐ季節。オフィスキャンプまで迎えに来ていただいた、役場の桝本さんの運転する車に乗り込みました。

桝本さんは、「集落から離れているし、ちょっと住むのは難しいかもしれないけど、一応ね」と言って車を川の縁に停め、降りて橋を渡っていきます。「どこへ行くんだろう?」と思っていたら、眼の前に突然史跡が現れたのです。歴史研究をしているぼくは、これだけでテンションが上がっています。

その史跡の手前を曲がり、光が射さない杉並木を抜けると急に視界が開けて、一軒の家が建っていました。

その家の前には、背が高く比較的がっしりした体格で、先きごろ亡くなったぼくの祖父に似た優しそうな雰囲気の方が立っておられました。

これが、大家さんの上辻良輔さんとの最初の出会いでした。

 

玄関から家に上がると、南北を貫くしっかりとした板間が目に飛び込んできました。その東側に畳の部屋、西側には板間の部屋と台所。北側には洗面所とお風呂がありました。

第一印象は「ここなら図書館ができる!」そして「今にも住めそう!」という二つ。すぐにそんな風に思えたのも、上辻さんが定期的に家の窓を開け空気を通しておいてくれたり、家財道具を減らしておいてくださったからでした。家は人が住まなくなると途端にダメになると言いますが、この家は十年ほど住んでいなかったとはいえ、きちんとお手入れをしていただいていたおかげで、いつでも住めるようなお家のままだったのです。

もうひとつ、背中を押してくれたのは、ぼくたちの「図書館にしてもいいですか」という無謀な計画をお伝えしても、それ以上何も聞かずに「いいですよ」とおっしゃってくださったこと。「何それ、どういうこと?」と説明を求めるのがきっと普通でしょう。

ぼくたち自身もなぜそんなことをしたいのか、よく理由が分かりません。ですので、「理由がないものは許可できないよ」と言われたら、たいそう困ったと思います。でも上辻さんは「使ってもらった方がいいだろうから」とすぐにオッケーをくださいました。この言葉にぼくたちはとても救われました。

家を紹介してくれたのは役場の方でしたが、実際に契約を交わすのは大家さんとぼくら借り主。大家さんとの相性が全てを決めるといっても過言ではありません。

その点、上辻さんはぼくたちにとって「理想の大家さん」です。たまに東吉野村のご友人を訪ねた帰りに寄ってくださって、お土産をいただいたり、生活のことを心配していただいたり。逆にぼくたちが、奈良県の西側の香芝市にある上辻さんのお宅を訪ねると、「ご飯でも行きましょう」と言って連れて行ってくださいます。

さらにさらに、ぼくたちが開催している「土着人類学研究会」の第一回ゲストにも来ていただき、上辻さんがこの家に住んでいた1960年代前半頃のお話などをお聞かせいただくことができました。人口が8000人近くいた東吉野村の様子は、人口2000人を切った今では想像もつかないことで、失われた景色を想像することができました。

縁もゆかりもなかった東吉野村に越してきて楽しく暮らせているのは、地域のみなさん、移住者のみんなの存在はもちろん、こんな風に、いつでも味方でいてくれる上辻さんの存在によるところが大きいのです。

text 青木真兵 (人文系私設図書館ルチャ・リブロ)