次は何して遊ぼう? オトナのコドモ的裏山登り@奥大和

2018.9.12  川上村

写真・文=朝日陽子(川上村地域おこし協力隊)

 

わたしは、ここ数年山登りばかりしている。まともな仕事から足を洗い、公私ともに山三昧の生活を送るようになって早6年となった。

生活は一変し、外食はほとんどしないし、街に着ていくおしゃれな服を買うこともなくなった。その代わり、登山道具やアウトドアウエア、山への交通費に収入の大半が消えていくようになった。クライミング技術を覚え、体を鍛えて、野外救急法やレスキューの方法なども学び、山の本や雑誌から知識や情報を得て、ますます山にのめり込む日々が続いている。

そんなわたしが、奥大和にある川上村に来て1年半くらいが過ぎた。やっぱり山登りばかりしている。山ガールファッションに憧れて始めた山登りも、いつの間にか田舎のコドモのように、泥まみれになりながら山を駆けずり回るスタイルになった。コドモの頃より自由に使えるお金が増えたおかげで、最先端の道具を手に入れることができ、インターネットという文明の利器によって情報収集は高度化し、山登りは進化した。

そのわたしの「オトナのコドモ的裏山登り」を、奥大和と呼ばれる紀伊半島の山奥で実践するとどうなるか、ちょっとご紹介したいと思う。

 

オトナの水遊び

この奥大和にあるほとんどの沢は、美しい水をたたえている。渓谷美も他のエリアに劣らない。しかもそんなフィールドが車を降りたらすぐにある。これを遊ばない手はない。

沢を遊ぶのに一番探検的で冒険的なスタイルは「沢登り」だ。

靴底がフェルトになった足袋を履き、ヘルメットをかぶって沢を遡る。その行程は滝を登ったり、淵を泳いだり、苔や草の生えた泥の斜面をよじ登ったりと多彩だ。

行く先に何があるかわからないドキドキ感や、目の前に現れた難関を突破するところはロールプレイングゲームに似ている。しかも世間が酷暑だなんだと騒いでいる日でも、沢登りをしているとちょっと寒く感じるくらいのことも多い。これこそ、季節にあった合理的で楽しく、かつ美しい奥大和の自然を生かした夏の遊びである。

ただし危険度も高い。濡れた岩に足を滑らせて落ちたり、足のつかない深い淵で焦ったり、蛇やカエルやヒルにびっくりしたりすることもよくある。ただちょっとは危なくないとおもしろくない、というのはこういう遊びの真理でもある。それがなかったら、きっとつまらない。

 

オトナの探検ごっこ

誰も見たことのない景色。
誰も登ったことのない岩壁。
誰も立ったことのない山頂。

もしそんなものがまだこの世にあるのなら、自分で見つけてみたい…。その欲求を奥大和の山々は小規模ながら叶えてくれる。未知を求めて山に入るというのは、山が提供してくれる楽しみの一つだ。

そんな場所を探すには、地形図とグーグルマップの航空写真が役に立つ。「この前見えたかっこいい山はこれかな?」とか、「あの集落に行く途中に見えていた沢の奥はどうなってるのかな?」と、2つを見比べながら目星をつけた場所にどんな地形的特徴があるかを調べるところから始めるのだ。

誰かが行ったことのある場所なら、インターネット上に記録が出ていることもあるから、念のため検索しておく。それらの作業をした後、記録が見当たらず、「技術的になんとかなりそうかな?」と可能性を見い出せたら、そういう山登りが好きな仲間に声をかけて、計画を実行に移す。

いつもいっぱしの探検家気分で出かけるのだが、実際は思っていたより苦労させられ、裏山とはいえ、自分たちの手に余る自然を前にしてシッポを巻いて逃げ帰ることも多い。逆に、行ってみたら錆びたジュースの空き缶を見つけてガッカリすることもある。しかし、行ってみないとわからないワクワク感は何事にも代えがたいし、臨機応変、現場判断を迫られるシーンでは、普段使わない能力が引き出されるようで、楽しい。

 

オトナのロングハイキングとキャンプ

地図を眺めていると、ふと「ここからここをつないで歩いたら、けっこう長くておもしろいじゃない?」とひらめいて、ムズムズしてくることがある。

そうしたら、テントと日数分の食べ物、寝袋などをリュックに詰め込んで、長い距離をてくてくと歩く山旅に出かける。出発時間は適当、午後になると水が汲める沢とテントが張れそうな平な場所を探して、ちょうどいい場所を見つけたらそこで行動を終了する。

重いリュックを下ろし、まずテントを張って寝床を準備する。その後、水を汲みに行って、夕飯の準備に取り掛かる。沢沿いなら河原で焚き火を楽しむこともある。

川上村の山奥で川上村産の野菜とアマゴを食べるという
オトナの贅沢を楽しむことも

衣食住のすべてを自分で背負い、生活しながら山の中を移動するロングハイキングには、時間が経つにつれて余分なものが削ぎ落とされていく心地よさがある。そんな楽しみを可能にしているのは、紀伊半島を南北に伸びる台高山脈と大峰山脈の存在が大きい。

しかし大きすぎて、人里まで下りるのに10時間かかったこともあった。さすがにこの時は、「もう勘弁してください…」と半泣きになり、「しばらくハイキングはごめんだ」と思った。

というわけで、わたしはこんな感じで奥大和の山を舞台に遊んでいる。

自分がしていることを文章にしてみると、我ながらコドモっぽいなあと思う。それでも、オトナになった自分が持っているものを全部ぶつけて全力で挑むことができる、そういう存在である山がいつまでもすぐそこにあってくれたらいいと思う。

「何して遊ぼっかな?」

わたしは今日も、奥大和での「オトナのコドモ的裏山登り」に心をはせている。

 

text 朝日 陽子