いつか蓮で地域のにぎわいを作りたいと考える、お坊さんの話


五條市

写真・文=西久保智美(コミュニティライター)

私が暮らす五條市は、真言密教の聖地・高野山に近いことから、地域のいろんなところに、弘法大師空海の伝承が残っている。そのこともあってか、幼いころから日々の暮らしのなかで、祈りの風景と出会うことが多かった。

辻辻(つじつじ・二つの道路が交差されているところ)に祀られているお地蔵さまには、地域の人がお花をお供えしたり、周辺の掃除を行っていたり、手を合わせたりする姿があるのだが、その日常を私はとても心地よく感じる。だから、願いごとがあろうがなかろうが、ぶらっと、神社やお寺に立ち寄ってしまう。

ここ最近、よくお伺いするのが、五條市二見にある「寄足山 生蓮寺(よらせざん しょうれんじ)」だ。空海が高野山を開く前に立ち寄った伝承があることから、このあたりは「よらせ」と呼ばれるようになったとか。

寺伝によると、嵯峨天皇の皇后が懐妊苦悩のときに、天皇が小野篁(おののたかむら)に命じて、この地に地蔵菩薩を祀ったことがお寺の始まり。また空海は、一尺八寸(約55cm)のお地蔵さまを彫って御本尊さまの胎内に安置し、重ねて開眼供養をして、道中安全、諸悪退散、所願成就を祈念したそうだ。

もともとは晴れ祈願、雨祈願、子安安産のお地蔵さまとして親しまれているお寺だが、最近では、蓮の名所としても知られている。

その数、なんと120種300鉢。早いものは6月から咲き始め、遅いものは10月中旬まで咲くという。ちなみに蓮の開花期間は、だいたい7月初旬から8月初旬。かなりのロングランである。

蓮を育てているのは、副住職の高畑公紀さん。2017年に実家である生蓮寺にUターンし、寺のお勤めを行いながら、蓮の世話に力を注いでいる。

「お寺の名前に『蓮』の文字があるものの、そもそも境内に蓮の花がないのは寂しいなぁと、14年前から蓮を育て始めました」

高畑さんは幼少期から植物が好きで、中高生のころには、裏山から庭に湧き水を引いて蛍を育てていた。その関心から筑波大学、京都大学大学院の生命科学研究科へ進学。植物の遺伝子研究を行い、「植物版iPS細胞」の研究に没頭し、博士号を取得した。

卒業後は研究者の道を目指したものの、希望の就職先が見つからず、起業して京都や大阪でゲストハウスの経営者に。一方で、すでに僧侶資格はとっていたため、週末には寺へ帰り、住職の仕事の手伝いや蓮の世話をしていたという。

最初は普通に育てるだけだったのですが、大勢の方がお参りするお盆には蓮の花も終わってしまい、その時期まで見てもらえる方法はないだろうかと研究を始めたのが、蓮の魅力にはまったきっかけでした。

種やレンコンを取り寄せ、研究を開始。しかし、研究室のような設備はないため、食器を実験器具にして冷凍庫で冷やすなど、試行錯誤しながらデータを集めた。水を得た魚のように、研究にどんどんのめり込んでいった。

開花時期を遅らせるポイントとなるのは遅咲き品種。これをベースにいろいろな品種を掛け合わせることで、10月中旬まで咲く蓮が生まれるそうだ。「もし2年育ててもよい結果が出なかったものは、レンコンをおいしくいただきます。見て美しい、食べて美しいのが蓮なんですよ」と高畑さんは笑う。


そうして誕生したのが、父親に「八重茶碗蓮」、母親に来歴不明の遅咲き品種「生蓮寺白彼岸」を掛け合わせた「生蓮寺蓮」だ。透き通ったやさしいピンク色をしていて、7月から10月中旬まで花を咲かせる。

研究すればするほど、神秘的な蓮の美しさと面白さに魅了されていきました。

ぜひ多くの人に蓮の魅力を知ってもらいたいと、今までの研究結果を1冊の本にまとめることにした高畑さんは、副住職として寺の仕事に取り組むかたわら、写真教室に通学。蓮が持つ本来の美しさを引き出せるように毎日撮影を行い、気づけばその数は1万8000枚を超えた。

蓮の寿命は短い。早朝に花開き、昼ごろには閉じてしまう花の生命は、たった4日。それも日ごとに色の移ろいがあって、同じように見えて決して同じではない。最も美しいのは2日目の午前中だそうだ。「ミセス・スローカム」という品種は、開花初日は淡い紅色だったものが、3日目には淡黄色に変わるという。

蓮ほど神秘的で、見ていて飽きないものはありません。

その記録の集大成として完成したのが『見る、育てる、味わう 五感で楽しむ蓮図鑑』(淡交社、2018年1月刊)。高畑さんが撮影した美しい写真をベースに、各品種のつぼみや満開の時期、初心者でも分かりやすい育て方や独自品種の作り方、蓮茶やレンコンを使ったレシピなどが紹介されている。この本をきっかけに、全国から、たくさんの人がお寺を訪れるそうだ。その方々に五感で蓮を楽しんでもらおうと、蓮の実を使ったスイーツや、真言密教の瞑想法「阿字観」の体験を提供するようになった。

海外では、蓮は花や葉、実も健康や美容に良いとされています。その効能を裏づける論文もあり、さらに研究を進めて活用法を探り、蓮を使った町おこしをしていくのが夢なんです。

その第一弾として、高畑さんはこの6月から缶入りの蓮茶を販売する。蓮の葉を使ったお茶は、ノンカフェインで、安眠効果が期待できるという研究結果も。ストレスの多いこの世のなかで、天然素材で手軽に飲んでもらえるようにと、当初はペットボトルでの商品化を企画。しかし無菌状態にするためには、カフェインが入っている緑茶をブレンドしなければいけないことが分かり、いろいろと試すなかで、缶入り蓮茶に落ち着いた。

いずれ商品の流通が見込まれたら、休耕田に蓮の花を植え、商品づくりを通じていろんな人たちが関わる小さな産業となり、地域のにぎわいになっていく。泥の中から生まれ、清らかな花を咲かせる蓮は、きっとこれからの町づくりで大きな花を咲かせてくれるはず。高畑さんの蓮を生かす挑戦は、まだまだつづく。

西久保智美

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五條市生まれ。 実家を離れ、大阪で就職。会社の広報の担当となり「ひと」の取材をはじめる。その後、タイ国のNGO ドゥアン・プラティープ財団の広報、地元新聞者の記者を経て、2010年から、コミュニティライターとして、地域に暮らしながら、地域の「ひと」「もの」「こと」を記録し、情報を発信する。2013年からは、地域コーディネーターとして、吉野から天川、高野山にかけた広域連携事業に携わり、「旅」を切り口に、地域につながる企画を行なっている。

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