かまどの湯気、山の空気を味わうところ

川上村

写真・文=エリック マタレーゼanaguma文庫

12月上旬の寒い朝、川上村に住む僕は自転車にまたがり、隣の柏木地区を訪ねた。

この季節になると、柏木の「朝日館」という旅館は名物の柚子羊羹を作る作業でバタバタとしている。その朝、女将である辻芙美子(ふみこ)さんと従業員の二人はかまどでウズラマメを炊き、水で冷ましてから鉄網で豆の皮を剥いた。

とても冷たい水で、豆の皮を剥いた人の手が真っ赤になっても、仕事は順調に進んだ。かまどの下では薪が着々と燃えて、かまどの上では湯気が上がり、だんだん消えていった。

キッチンでは、長男である辻晋司さんが社会福祉協議会のためのお弁当を作っていた。女将さんは豆の手伝いとお弁当の手伝いをしながら、かまどとキッチンを行き来していた。お弁当のご飯はいつもの白ごはんではなく、サツマイモの入った「サツマイモごはん」だった。

「ちょっと珍しいね」、女将さんは微笑んで言った。

そして、「昔、お米が少なかったから、おばあちゃんはお芋を入れたり、サツマイモを入れたり、小芋を入れたり、量を増やしていたみたいやけど」と女将さんは続けた。

その朝、僕はサツマイモごはんを初めて見たが、このお弁当を食べる高齢者にとっては、きっと「懐かしい」味なのだろう。

朝日館は明治14年に創業した。

柏木地区は大峰山と伯母峰峠の麓にあるおかげで、昔から修験道の行者や登山者に人気があり、宿場町として繁盛した。柏木は川上村の中心部と言っても過言ではないほど、肉屋・魚屋・米屋・駄菓子屋などがあり、さらに映画館もあったほど人も多かった。

「昔、バス停まで歩いても、みんなとしゃべりながら、バス停に辿り着いたの。『今日、どこに行くの?』と声をかけてね」と女将さんは懐かしそうに話してくれた。「賑やかだったな。毎日、おやつをどこの店に買いに行こうか、選べたんだ」と晋司さんも子どものころの思い出を話してくれた。

年々人が少なくなり、あの賑やかさがなくなった。いまでは、宿場として栄えたこの街並みで営業をしているのは朝日館だけになった。

時代がどう変わっても、女将さんは朝日館の「昔ながら」の雰囲気をしっかり守ってきている。

本館は山の斜面を使う「吉野建(よしのだて)」で建てられているから、1階から2階へ上っても、伝統的な庭がある。淡い緑から鮮やかな緑までいくつかの色彩を見せる庭を、大正時代の硝子越しに見る。僕は最初気がつかなかったが、この硝子を横から見たら、小さな波が見えてきた。吉野建の本館、2階の庭、波を打つ硝子は朝日館の静かに待っている魅力だと感じた。

毎年、秋に入ると、女将さんは代々受け継いだレシピで朝日館の柚子羊羹を作る。今では、かまどより便利な炊き方がある。それでも女将さんは昔の作り方にこだわる。

ピンク色の羊羹には、柚子の黄色い皮が小さな星のように輝く。また、せっかく山に来てくれたから、朝日館はお客さんに山の季節を味わってもらいたいとアマゴや鮎、牡丹鍋、山菜料理を出す。

「イタドリを使った料理とか、そういうのが珍しくて、うちを宿に選んでくれる人が結構いるのよ」と女将さんは言った。お客さんが目でも口でも、昔ながらの雰囲気を感じられるように、女将さんは何十年も前から努力している。

晋司さんは2年前に実家に帰ってきた。小さいころから「俺は家を継ぐ!」と言っていた晋司さんは、高校で外の世界を見て、自分の道を考えた。

「サラリーマンになってみたい思いはあったけど、面接を受けても自分の思いがバレてるのかと思うぐらい上手くいかなかった」と晋司さんは笑った。彼は学生時代に調理場のアルバイトをして、大学を卒業してから、何店舗かの飲食店を管理する仕事をした。「それは10年続いたから、やっぱり『食』の仕事は向いてるのかなと思う。」

晋司さんは都会から川上村に帰り、自分のこだわりに気が付いた。

「やっぱり海のものを使わずに、できるだけ山のものを使う」と彼は強く言い、「帰ってきてから『海のものを使いたくない』という思いが更に強くなったかもしれない」と続けた。

朝日館は昔から山ならではの建築や、山ならではの味を活かしている旅館だ。晋司さんは一度村を出ることによって、山のものがどれほど貴重なのかを実感した。彼はその貴重さをお客さんに届けたくなった。「電車に乗って来れるところちゃうやんか。せっかく来てもらったから、受け入れる側としてそういう気持ちがある…。やっぱり俺はこういう商売に向いてると思う」と彼は笑った。

これから、朝日館をいろいろな人に知ってもらえるように、晋司さんは山の文化を体験してもらう企画を考えている。

彼は川上村のエコツアーガイドとコラボをして、朝日館で「竹弁当」を作るプログラムを企画した。お客さんは竹林で竹を切って一部を縦に割り、竹の凹みに鮎と山菜とかまどごはんを入れて、それをお弁当にする。

また、村に来る学生さんは女将さんと一緒にかまどでごはんを炊いたり、朝日館の番頭さんと一緒に茶畑でお茶を摘んだり、高枝切りばさみで柚子を採ったりする。僕は柚子採りをした朝に同行した。

晋司さんは脚立を上り、最も高い場所にある柚子を狙って採った。番頭のおじさんは歌を歌ったり、冗談を言ったりして、学生たちを笑わせた。「来てもらった人に、山の空気を味わってもらいたい」と晋司さんは言った。

「国内に留まらず、世界で自然が好きな人は結構おるから、そういう人を受け入れられるようになりたい」

地元の年配の方々にとって、サツマイモごはんやかまどごはん、山菜料理、柚子採りの体験などは懐かしいものかもしれない。だが、それらを初めて経験する人にとっては、とても新鮮なことだ。大正時代の硝子を横から見たら、波が見えてくるのと同じように、昔からあったものを別の角度から見てみたら、別の魅力が見えてくる。

人はどこから来ても、自分の独特の尺度を朝日館と柏木地区に持って来て、新たな交流が生まれる。しかし、こんな体験は「新しい」というより、「山の文化と朝日館をより深く知る」方法だと思う。それは、柚子羊羹の柚子がどこから来たか、かまどでどうやってごはんを炊くのかを知ることでもある。

それらを伝えながら、地元の人は外から来た人と笑い合う機会がある。昔賑やかであった柏木地区は、またちょっとずつ明るくなる気がする。

エリック マタレーゼ

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米国ロサンゼルス出身。高校生の頃から日本語に惹かれ、2011年から日本に住んでいる。2016年に地域おこし協力隊として川上村に移住。翻訳と通訳をしながら、「anaguma 文庫」として『オイデ新聞』とバイリンガル・リトルプレスを制作している。2018年から『月刊ソトコト』で「上流の日々 Upstream Days」を連載中。

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