上北山村に住んで8年目、初めて知った「とち餅」のおいしい食べ方。

上北山村

写真・文=辻井真理子上北山村役場

川上村と下北山村の間に位置する、全国で3番目に人口密度の低い村・上北山村をみなさんご存知だろうか。村の面積の97%は森林で、イメージされる通り、家から眺める景色も、国道沿いの風景も、雄大な山々が大半を占めている。

上北山村にある4つの集落も山の渓谷に位置するため、平地が少なく、田舎で見られる畑や田園の風景はほとんどない。何と農協もないのである。

でも、日本百名山の「大台ヶ原」や世界遺産「大峯奥駈道」はもちろん、素晴らしい清流と、満点の星空、そして、この地形だからこそ工夫されて食べられてきたおいしい食べものがたくさんある。

大台ヶ原の絶景スポット「大蛇嵓(だいじゃぐら)」の風景

 

2012年9月、生まれ育った奈良県田原本町を離れ、はじめて一人暮らしをしたのが上北山村だった。奈良県が募集していた「ふるさと復興協力隊」に応募し、ご縁があり、上北山村に赴任した。

村に住みはじめてすぐの頃は、美しい山間の風景、身近な絶景スポット、村の人たちが教えてくれる文化や歴史、すべてが新鮮で、目を輝かせて日々過ごしていた。

赴任したとき22歳だった私は、今年30歳になった。
結婚し、今は夫と2人で上北山村に暮らしている。

まだ住んで数年の若輩者が言うのは恐縮だが、今や、村の風景や一年を通して行われる催しごとは、すっかり私の日常の一部となって、日々の暮らしに溶け込んでいる。顔見知りも増え、すれ違う人たちと挨拶して一言を交わしたり、声を掛けてもらったりする温かい環境は、ほんとうに居心地がいい。

隣に住んでいる小学生の兄弟。自然の中でのびのびと遊んでいる姿がたくましく、微笑ましい。

 

そんな平々凡々に過ごす私が住んでみて初めて知った、お気に入りの食べものについて紹介したい。数年前に教えてもらって、未だに味が忘れられないもの。それが「とち餅入りのお粥」である。

「とち餅」は奥大和地域では馴染みのある食べもので、上北山村の「とち餅」は
日本遺産「吉野の構成文化財」に登録されている。

 

「お粥にお餅を入れるのですか…?」

今までしたことのない組み合わせに半信半疑の私。でも一口食べてみて、そのおいしさに驚いた。とろとろのお粥に、とち餅特有の香ばしい風味と甘いあんこの相性が抜群だった。

私にこれを食べさせてくれた方は、上北山村に生まれ、今も土地に根差した暮らしをしていて、村の歴史にとても詳しく、周囲から“先生“と呼ばれているお方。先生が、少年のように目を輝かせながら、歴史上の人物にまるで会ったことがあるかのように語る姿、そして温かみと敬意をもって話をしてくれるところが素敵だと私はいつも思う。

先生のお話は、聞き手を惹き込む独特の空気と世界観がある。その先生は、笑いながらこんな話をしてくれた。

20〜30年前に、この村で村おこしの運動があった。その当時、観光ホテルがあったので客人をもてなすために家内たちが、とち餅のお粥をつくってお出ししていたんです。お粥の米のかたさは、舌にのせたときに“粒やな“と分かるほどのものがおいしいわ、という人もいてた。ボクは、トロトロが好きだけどね…。

先生が私につくってくれたものは、麦と里芋を入れてやわらかくなるまで炊いたものだった。とち餅は、焼きたてをパッとお粥にのせるのが良いのだそう。そして、上北山村には田園がなく米がない土地なので、その分、昔のとち餅には固形のとちの実がごろっと入っていたそう。

とち餅を食べたときの、とちの実の口触りを覚えている。苦かったけれど、僕たちはそれがおいしかった。

「あんこを入れてくれたのは先生のオリジナルなのですか?」と尋ねると、「うん、甘さがあったらニコッとできるやろう」と、先生はやさしく笑った。

上北山村の「とち餅」はぜんざいにも最高によく合います。村の道の駅で購入できるので、ぜひご家庭でお試しください。

辻井 真理子

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1990年、奈良県田原本町生まれ。2012年9月、奈良県が募集していた、紀伊半島大水害への復興活動等を行う「ふるさと復興協力隊員」に応募し、上北山村に採用される。移住3年目で、役場に就職。6年目に結婚し、今に至る。協力隊時には村の方々と協力し、フリーペーパー『山と暮らす』を発行。上北山村に根付いて暮らす人々のことについて紹介している。

プロフィール

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